2004年 11月 25日
ゴンタ
母は、姉がゴンタをシェルターに「帰した」事をきっかけに、彼女の家を出る決心をする。 母は、住んでいたところから車で片道1時間もかかるそのシェルターに、毎週末、スタッフの方たちへの差し入れと、ゴンタの好物を持って通っていた。 「どうか、この子を人にあげたり、安楽死などさせないでくれ。」とつたない英語でスタッフに頼む母。 そして母がくると、人(猫)が変わったように、母の膝に飛び乗り、母の腕と胴の間に顔を埋めてジッとしているゴンタ。
そうすること、2ヶ月。 私がシカゴに帰省したとき、一緒にアパートをみつけ、母だけでは借りれなかったので2人の名前でリースにサイン。 無事、ゴンタを迎えにいく事ができた。
それは、かれこれもう8年くらい前のことになる。 シェルターから帰ってきたゴンタは、人格(猫格?)が変わって、それはもう、あの凶暴さはどこに行ったのだろう?という感じで、他の猫たち(その時点では、私たち家族が日本で拾って渡米させた4匹のうち、2匹が残っていた)とも仲良くなって、私や母を驚かせた。
最後にゴンタに会ったのは、去年の9月だっただろうか。 私の膝にまで乗ってきて、ゴロゴロ。 同一人物(同一猫?)とは思えない、人格改革である。 母の愛が、この子をここまで、愛らしい猫に変えたんだなと、今になってつくづく思う。
そのゴンタは今年のはじめに亡くなりました。 突然で、母は慰めようのない程の気の落としよう。 まだ、10歳とか12歳くらいだったと思う。 他の2匹はすでに他界していたので、母が飼っていた猫は彼が最後。 新しい猫を飼う事を勧めているが、母はがんとして嫌だと。 もう猫ちゃんたちを見送るのは、おわりにしたいと。
拓と暮らしはじめて、母の気持ちが初めて分かったような気がした。 母の優しさ、愛情の深さというものは、なぜか姉には受け継がれなかったようだが、私にはちゃんと、受け継がれている気がして、感謝。 ずっと猫がいたため、旅行にも行きたがらなかった母。 私が何度ニューヨークにきてくれ、と言っても「猫ちゃんが。。。」と言って、来てくれなかった。 その母が春には拓に会いに、NYにきてくれる、と。
ゴンタは私にとっては、一番縁のうすい猫ちゃんだが、なぜか拓がうちに来た当初、いつも間違って、「ゴンちゃん!」って呼んでしまっていた。 拓がきてくれて、改めて、ゴンちゃんが愛しくなった。 ありがとね、ゴンタ!